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松江藩筆頭家老大橋家伝来の茶室復元設計


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記事:山陰中央新報2008年3月22日

昔からいろいろな本に掲載されている、重要文化財の「八雲本陣-本幡家住宅」に
「伝利休茶室」と呼ぶ茶室がありました。

この茶室は、利休の指導で福島正則がつくり、
席開きの客の一人、長刀所持の加藤清正のための刀架側の壁に穴をあけておいた。

正則の重臣・大橋茂右衛門がこれを拝領し、正則改易の後、
堀尾・京極改易の後を受け、出雲・隠岐の藩主となった、
徳川家康の孫に当たる松平直政の家老(後に筆頭家老)となった茂右衛門が
松江の屋敷に移築した。

他に、堀尾吉晴の従兄弟、堀尾但馬が利休から譲り受け、
後に大橋家に渡るなどの説もある。


明治元年、多くの武士が家屋敷など処分したが、
木幡家で引き受けた物の一つがこの茶室。

明治40年皇太子山陰道行啓の行在所を造る際解体し、蔵入りとなっていたが、
解体部材が木幡家から松江市に寄贈され、
環境計画建築研究所で設計した(仮称)「松江市歴史資料館」内部の一画に、
所長が米子高専和田教授や文化財建造物木工主任技能者の後藤さんなどの協力を得て
復元設計しました。
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by env-plan | 2008-06-19 14:40